amnesia3


レンが記憶を失くしてから、数日が経った。
いつまでもこのままでいる訳にもいかないと思ったのか、私とレンは防音室に呼ばれた。
マスターが新しい楽譜をくれて、軽く音取りをする。
レンの歌声は基本データが変わらないからか、そんなに変わっている様子はなかった。
ただ、呼吸が前よりも合わなくなったような気がした。
それはマスターが気付かないくらいの、ほんの些細な違い。
レンは知らないんだから気づく筈もないんだけど、そんな些細なことで胸が苦しくなった。
「そういえばレン、今までの曲って覚えてるか?」
ふと気付いたように、マスターがレンに問い掛けた。
「大丈夫、データは残ってるみたいだ」
レンは脳内の音楽データを探りながら、いくつかの曲を口ずさんだ。
それは今までに歌った、マスターのオリジナル曲やカバー曲だった。
「うん、覚えてるみたいだな。じゃあ先に、そっちにしようか」
そう言ってマスターがあげた曲名は、比較的最近のレンと私のデュエット曲だった。
言葉に詰まってなにも言えないでいる内に、イントロが流れ始める。
歌は、私から。
イントロが終わって口を開くけど、声にならなくて、そのまま口を閉じてしまった。
慌てて次のフレーズを歌おうとするけど、代わりに出てきたのは涙だけだった。
「リン――?」
「ごめ、なさ……」
この曲は少し哀しい、恋愛ソングだ。
正直、今の自分に歌えるとは到底思えなかった。
「もう一度、最初からやるよ?」
マスターは優しく声をかけてくれるけど、首を振ることしかできなかった。
涙が止まらなくて、次から次へと目尻から零れ落ちていく。
マスターが困ったような顔をしていて、迷惑をかけているのはわかっていたけど、それでも歌えないものは歌えなかった。
「ごめ、なさい……休憩、してきます」
やっとのことでそれだけ言って、返事も聞かずに防音室を飛び出した。


部屋に戻ってきたけど、涙は次から次へと流れ出て、もう止める気すら起きなくなった。
記憶を失くす前のレンと歌った曲を、今のレンと一緒に歌うなんてできなかった。
恋愛ソングなんて、もっと無理だよ。
だって、前に歌った時は、歌と一緒に想いが溢れていた。
レンが好きで、大好きで。レンもそれに応えてくれるように歌ってくれた。
今歌ったら、前のレンが消えてしまう気がして、どうしても歌えなかった。
胸が苦しくて、どうしようもなかった。


そうして、どれくらい時間が経ったのか。
背後からカタッと音がして誰かが入ってきたんだろうと思った。
レンがくる筈もないし、マスターだろうとあたりをつけて、鼻を啜りながら声をあげる。
「マスター?」
「なんで、泣いてんの?」
後ろから聞こえた思いもよらぬ声に、思わず固まってしまった。
まさかレンが来るとは思わなかったから。
「……いいから、ほっといてよ」
正直に言う訳にもいかなくて。それでも、なんて返せばいいかわからなくて、そんな言葉しか返せなかった。
レンはしばらく黙って、一度息を吐くと横にそっと座った。
思いもよらぬ行動に驚いたけど、逃げる訳にもいかなくて、そのまま泣き続けた。
少し経つと、レンは歌を歌い始めた。
その曲は、私もよく知っている曲で、優しいバラードだった。
レンの歌声が、そっと心に沁み込んでいく気がした。
気づけば、涙は止まっていた。
「どうして、この曲うたったの?」
「……なんでかな。この曲が一番良いと思ったんだ」
頬を掻きながら答えるレンを見て、思わず笑みが零れた。
この曲は、私とレンが初めて歌った恋愛ソングだったから。
私がレンを好きだって気付けたのも、レンと恋人同士になれたのも、全部この曲がキッカケだった。
この曲がなかったら、私とレンの関係はなかったのかもしれない。
それくらい、私の中では大切な曲だったんだよ。
「ね、レン」
「なに?」
記憶がなくても、どんなレンでも、それでも想いは何処かに残っているんだね。
「私ね、レンが好きだよ」
レンが私のことを好きじゃなくても、私がレンを好きな気持ちはなくならないから。
そう言った瞬間、レンが照れたような顔になったのが見えて、思わず微笑んだ。


ゼロに戻ったのなら、イチからまた積み重ねていけばいい。
同じカタチにならなくても、それはそれで幸せかもしれないから。

「ねぇ、レン。今度は一緒にうたおっか?」

貴方と歌ったこの歌を、もう一人の貴方と共に――。



ボーマス15で無料配布してたレンリン小説です。
お蔵入りにするのもなんだかなーと思って転載してみました。
中身は見てのとおり、レン君記憶喪失ネタのリンちゃん視点です。
レンが記憶喪失になってリンが泣いてたら可愛いなっていう妄想から生まれました^p^←
時間が足りなくて当初の内容からは外れましたが、これはこれで満足です。

記憶がなくたって、レンとリンの愛は不滅なんだよ!←

amnesia2