Bitter*Sweet1


〜ご注意〜
このお話は『Signal for』というリレー小説(2009年発行。古 笑)の続編として書いたお話です。
単体で読めるように書いているお話なので、もう時効かな?ということで掲載に至ります。
(『Signal for』自体の再録予定はありません。改めご了承くださいませ)


〜あらすじ的ななにか〜
夏から秋にかけてのある日、二人は喧嘩をしてしまいます。
そんなときにミクオが現れ、レンにリンと付き合いたいと挑発します。
なんだかんだで壁を乗り換えた(笑)二人は無事付き合い始めます。
これは、そんな二人のお話――。


上のお話に出てきた人たち(今回ほとんど出てこない人もいます)
οレン・リン…幼なじみ兼恋人。
οミク…リンの姉。カイトと付き合っている。
οミクオ…リンのクラスメイト。リンが好き。
οカイト…レンの兄でミクの恋人。






付き合い始めてもうすぐ半年。今年のバレンタインデーは日曜日で、レンの家まで直接渡しに行った。
いつもはミク姉と一緒に作ったチョコを渡すんだけど、今年はどうしても一人で作りたくて、ミク姉に教えてもらいながら、最初から最後まで一人で作って。
少し形が悪くなっちゃったけど、レンが美味しいって言って食べてくれて、ちょっと恥ずかしくて、でも凄く嬉しかった。
レンと一緒にバレンタインデーを過ごせて、凄く幸せだなぁって思ったんだ。
でも次の日、学校でチョコをもらっているレンを見て、幸せな気分が崩れた気がした。
それは、本当に偶然だった。
放課後、たまたま先生に雑用を頼まれて通りかかった教室にレンがいて。声をかけようとして、女の子が一緒にいるのに気付いた。
二人で仲良さそうに話しているのを見たら、声をかけられなくなった。差し出されたチョコを笑って受け取るレンを見て、思わず逃げ出してしまった。
綺麗にラッピングされたチョコレート。きっと中身も綺麗なんだろうな――。
私のあげたチョコが、なんだかすごく陳腐なものに思えてしまった。
ねぇ、その人は誰?
どうして二人っきりでいたの?
なんで、あんな所にいたの?
疑問ばかりが浮かんできて、それを掻き消そうとしても、次から次へと疑問が浮かんできて。笑ってチョコを受け取るレンの姿が、脳裏に焼きついて離れなかった。


あの後、逃げるように家に帰ってきてから、雑用を放ってきたことに気付く。
明日先生に怒られるかもしれないけど、それよりも、頭の中はさっきのことでいっぱいだった。
「あの人、誰なのかな――?」
見たことない人だった。同じ学年だったらさすがにわかるだろうし、違う学年なんだろうってことはわかるけど。
「仲良さそうだった、な……」
なんだか私の知らないレンを見た気がして、不安になってしまう。
ふいに携帯から音楽が流れた。電話だ。
誰からだろう?
そう思って、首を傾げながら携帯の画面を覗き込む。
「――ッ」
思わず電源を切りそうになって、辛うじて踏みとどまった。
発信元は、レンだった。
どうしよう――。
こんな気分のままレンと話したくなかった。それに、出たとして一体何を話せばいいんだろう。
変なことを口走ってしまいそうで、鳴り続ける携帯を握り締めたまま、動けなかった。
しばらくして着信音が鳴り止む。
「切れちゃった……」
画面には不在着信のマークが出ていた。いつもなら絶対にかけ直すけど、今はどうしてもそんな気分になれなかった。
「リン?」
携帯から目を離せないでいると、自分を呼ぶ声とドアをノックする音が聞こえて、慌てて携帯を横に置く。
「はーい!」
返事しながらドアを開けるといつの間に帰ってきたのか、まだ制服姿のミク姉が立っていた。
「おかえりー、どうしたの?」
「そろそろご飯だからってお母さんが」
「え……」
そう言われて時計を見れば、もう七時を過ぎていた。いつの間にそんなに時間が経っていたんだろう。
「リン、まだ着替えてなかったの?」
「あ、うん。ちょっとね」
不思議そうな表情のミク姉に、誤魔化すように笑う。
「すぐ着替えて下行くから、」
先に行ってて、と。そう言おうとして、ベッドの端に置いてきた携帯が再び鳴り始めて動きを止める。
レンかもしれない。そう思うと、携帯を見るのが怖くて動けなかった。
「リン、携帯鳴ってるよ?」
「うん、いいの」
「でも、レン君かもしれないよ……?」
「…………」
レンかもしれないからこそ出れないのだ、とは言えなかった。思わず無言になってしまった私を、ミク姉が心配そうに見ている。
「レン君と、なにかあった?」
「…………」
言いたくて、言えなくて。さっき見たあの光景を口にするのが嫌で、何も答えずに俯いてしまう。
「ねぇ、リン。無理に話してとは言わないけど、独りで抱えるよりも楽になることもあるんだよ?」
そう言いながら頭をポンポンと撫でてくれるミク姉が温かくて、泣きそうになった。


「そっか、そんなことがあったんだ」
途切れ途切れにちょっとずつ話すと、ミク姉は急かさないで、ゆっくり話を聞いてくれて。少しずつ気持ちが落ち着いてきたような気がした。
「ねぇ、リン?」
「……なに?」
話を聞きながら相槌を打っていたミク姉が話しかけてきて、問いを返す。
「リンは何が嫌だったの?」
「え……」
「レン君がチョコをもらってたこと?それとも、知らない子と仲良くしてたこと?」
問われて考えてみたけど、どっちに対しても感じることは同じで。
「……どっちも嫌だ」
「うん」
「他の子と仲良くして欲しくないし、チョコも受け取って欲しくないよ……ッ」
レンの彼女は私なのに――。
そんな風に考えてしまう自分が嫌で、服の裾をギュッと握り締めた。
「じゃあ、レン君にそれを話してみたらどうかな?」
「む、無理」
そんなこと、できる訳ない。そんなことを言ったらレンを縛り付けるみたいで。
それに、そんなことを考えている自分を知られたくなくて、できなかった。
「でもね、恋愛って楽しいだけじゃないでしょう?辛いことも悲しいことも、一緒に分かち合ってかなきゃ」
「……うん」
「ちょっとずつでもいいから、話してごらん?レン君だって、ちゃんと聞いてくれると思うよ?」
ミク姉の言ってることは間違ってないんだってことはわかるけど。
「でも、怖いよ」
きっとレンは話を聞いてくれる。でも、こんな風に考えていることをレンに知られるのが怖かった。
「そうだね……」
話を聞いてくれるミク姉にはすごく申し訳なかったけど、それでも不安は消えなかった。
「大丈夫、ゆっくり考えるといいよ」
「うん、ありがと」
そう言って優しく背中を撫でてくれるミク姉に、甘えるようにそっと目を伏せた。
その後、今度は家に電話がかかってきたけど、ミク姉に寝てることにしてもらって、電話には出ることはなかった。


それからまた朝がきて、いつものようにレンと学校へ向かう。
「寝るの早えよ」
顔を合わせるなり、レンに笑いながら言われた。昨日電話に出なかったこともあって顔を合わせづらかったけど、それを見て少しホッとする。
「うん、ごめんね」
それだけ返して、並んで学校へと向かった。
レンはいつもと変わらずに話しかけてくるけど、どうしても昨日のことが気になって、曖昧に笑みを返すことしかできなくて。
「リン、どうかしたのか?」
レンが、心配そうに顔を覗きこんでくる。
「え、なにが?」
「なにがって、なんか元気なく見える」
「…………」
誤魔化せないかなと思ったけど、心配そうなレンの顔を見たら、そんな気も起きなかった。
素直に話せる訳でもないし、どうすれば良いのかわからなくて思わず無言になってしまう。
ふと、昨日見た場面が甦える。あの女の子のことを聞きたいと思うけど、それでもやっぱり聞くのは怖くて。
「レン、誰か他の子にチョコもらった?」
「ん?」
だから、つい遠まわしに聞いてしまった。もらったとしても、何か理由があるのだと言って欲しかったから。
「バレンタインのチョコ、誰かにもらったの?」
「や、リンとミク姉の他は母さんくらいか?」
「え……」
レンの言葉に、耳を疑った。
じゃあ、あの人は?
昨日チョコを受け取っていたレンの姿が脳裏をよぎる。見間違いのはずがない。たしかに、あれはレンだった。
じゃあ、なんでもらってないなんて言うの?
レンが嘘を吐くとは思えない。嘘を吐いたら、レンはすぐに顔に出るだろうから。
それでも私が見たのは、レンの言葉とは正反対のことで。自分の目で見た信じたくない事実と、嘘とは思えないレンの言葉。一体どっちを信じれば良いんだろう。
「そっか……」
曖昧に言葉を返しながらどうすれば良いのか考えたけど、答えは出ないまま。上の空で会話をしながら、気付けば学校に着いてしまった。
それから考えても考えても答えは出なくて、あっという間に午前最後の授業の終わりを告げる鐘が鳴った。
もう昼休みだった。昼食の準備をしようと、クラスの皆がガタガタと音を立て始める。私も教科書を机に仕舞って席を立つと、誰かに後ろから肩を叩かれた。
「リーン、一緒に食べない?」
「ミクオ……」
声をかけてきたのはミクオだった。
レンと付き合い始めてからもミクオの態度が変わることはなくて。全く、しつこいったらありゃしない。
「ね、いいだろ?」
「良くないわよ。他の子と食べればいいでしょ」
「だってさ、ボクはリンと食べたいんだよ?」
なかなか諦めないミクオに半分呆れてしまう。それでも、私の頭の中はレンのことでいっぱいだった。
「あ、あれ……」
「え?」
突然、ミクオが何かに気付いたように声をあげた。ミクオはドアのほうを見ていて、つられるように目線を追う。
「あ――」
開いたドアの間から見えた廊下。その視線の先にいたのは、レンだった。でも、そこにいたのはレン一人ではない。レンと一緒にいたのは、女の子――昨日レンにチョコを渡していた人だった。
なに話してるんだろう――。
楽しそうに話をしている二人が気になって、目を逸らせなくなった。私とは違う赤茶の長い髪はすごく大人っぽく見えるのに、明るい表情がすごく可愛く見えた。
「あれ、ミキ先輩だよね?」
目を離せないでいると、ミクオがふいに口を開いた。
「ミキ先輩?」
「うん。たしか、バスケ部のマネージャーだったかな?もう引退したみたいだけど」
聞いてもないのに勝手に説明をするミクオを一度見てから、視線をレンのほうに戻す。
レンはバスケ部だ。マネージャーであるあの人と話しているのも、別にさして変なことではないのだろう。
それでも、仲が良さそうな二人を見ていると胸が痛んだ。昨日見たあの光景が重なって、どうしても二人から目を話せなかった。
それから何日も経って、二人が一緒にいるのを見ることはなくなって、少しホッとしていた。
未だに真実をレンに聞くことは出来なかったけど、バレンタインのチョコもレンの言った通りもらっていないのかもしれないとも思い始めていた。
――レンの言葉を信じたかったっていうのもあるけど。
今までとレンの態度が変わることはなかったから、そう思えたんだと思う。だから、あの光景を見なかったことにしようと、そう思った。
いつも通りにレンと接することが出来るようになって、毎日を過ごして。それでもまだ、心の何処かにしこりみたいなものが残ってなくならなかった。



Bitter*Sweet2