Bitter*Sweet2


学年末テストも終わって、半日授業になった。
レンも今日は部活がないみたいで珍しく一緒に帰ることになり、並んで喋りながら帰り道を歩く。
「あ、なぁリン。明後日ひま?」
ふいに、レンがさっきまでの話を遮ってそう聞いてきた。
明後日っていったら、日曜日だ。明日も休みなのに、なんでわざわざ明後日なんだろう。思わず首を傾げてしまった。
「うん、大丈夫だよ?」
でも、それといって予定はないはずだからと頷く。
「ん、じゃあ夕方俺んち来てくんない?」
「うん?」
「明後日、ホワイトデーだろ?」
「あ……」
言われてみれば、明後日は三月十四日だ。ホワイトデーなんて、すっかり忘れていた。
「夕方まで練習あるから、オレんちで待ってろよ。兄貴もお返し渡したいって言ってたし」
オレも渡したいしな、とレンが少し照れたように笑う。それを見て、なんだか私まで照れてきちゃった。
「うん、わかった。楽しみにしてる!」
でも嬉しくて、私が微笑むとレンも応えるように笑った。


日曜日の夕方、私は独りレンの家に向かって歩いていた。
夕方とはいってもまだ五時くらいだし、日は沈んでいない。
もっと早く行っても良かったんだけど、ミク姉とカイ兄の邪魔するのもなぁと思ったから。
馬に蹴られるのはごめんだし、レンが帰ってくる時間に合わせることにした。
ミク姉はお昼前に家を出て行ったから、きっと今頃は二人でのんびりしてるんじゃないかな。
でもそろそろレンも帰ってくる頃だから、行っても大丈夫なはずだ。
そんなことを考えながら歩いて、後ちょっとでレンの家に着くところだった。
「あれ?」
真っ直ぐ行った先にある交差点に、見覚えのあるジャージ姿が目に入った。
遠くからでも、レンだってわかった。信号が変わるのを待っているみたいだ。
さっきよりも少し早足で歩いて、声をかけようと近くまで行った。
でも、できなかった。レンの隣には、あの人がいたから――。
レンとミキ先輩が二人並んでいるのを見て、思わず足を止めた。
忘れかけていた、あの日のことが脳裏に甦ってくる。
このまま声をかけても、レンは笑いかけてくれるかもしれない。
声をかければ聞えるんじゃないかと思うくらい近くにいるのに、それでも声をかけることはできなくて、見ていることしかできなかった。
信号が変わって、レンたちが歩き出す。信号を渡って二人が歩いている道は、レンの家に続く道ではなくて。
駄目だということはわかっていたのに、ついこっそりと後ろをついて行ってしまった。
二人が足を止めたのは、小さな公園だった。ミキ先輩がブランコに座って、レンは柵に腰をかける。
私は見付からないように、慌てて茂みに身を隠した。
何を話しているかまではわからないけど、レンが何かを話しているのがわかった。ミキ先輩が、それを緊張した面持ちで聞いている。
一体、何を話しているんだろう。遠くて聞えなかったけど、それでも気になってしまう。
ふと、レンが鞄の中からなにかを取り出して、それをミキ先輩に差し出す。それを見た瞬間、ミキ先輩の顔がパッと嬉しそうに輝いた。
レンが差し出していたのは、小さな包みだった。
あれ、もしかして――。
チクリと、胸が痛んだ。今日はホワイトデーだ。
レンは、チョコをもらってないと言っていた。私もそれを信じようと思った。
信じたかったのに、あの日見た光景が、今見ている光景が、それを否定していた。
もう、レンの言葉が信じられなかった。涙が頬を伝うのがわかった。
もらったなら、もらったと言ってほしかった。
嘘なんて、吐いてほしくなかった。
涙は次から次へと溢れて、止まらなくて、目を擦ろうとして、腕を上げた。途端、茂みに腕が引っかかって、大きな音を立てた。
「え?」
「リン?」
二人の驚いた声が聞こえた。
「……ッ」
どうしよう、気付かれた――ッ。
恐る恐る二人のほうを見ると、やっぱり驚いた顔をしていた。
「どうしてここに……って、なんで泣いてんだよ?」
泣いている私に気付いて、レンは心配そうな顔でこっちに来ようとする。来て欲しくなくて、私は無意識に後退る。
「リン――?」
戸惑った表情のレンが目に入ったけど、その手に持っている包みに胸が痛んで、思わずギュッと胸元を握る。
「来ないでよ!レンの嘘吐き!!」
レンがまた近付こうとしてくるのが見えて、つい叫んでしまった。
レンの顔が見られなくなって、思わず走って公園から逃げ出した。
「リン――!」
慌てて追いかけてくるレンの足音が、どんどん近付いてくる。
勝てる訳ないってわかってるけど、それでも追いついてほしくなくて、がむしゃらに走り続ける。
「リン、待てって言ってんだろ!」
「嫌!着いて来ないでよ……!」
未だに涙も止まらなくて、視界は最悪だった。
声を返しながらも逃げるのに必死で、前なんて見えてなかった。
「リン、危ない――!!」
声と共に腕を引かれて、転びそうになって思いっきり目を瞑る。倒れこむと思った次の瞬間、気付いたらレンの腕の中にいた。
「……ッ」
それに気付いて逃げようとすると、強く抱きこまれるとともに、思いっきり怒鳴られた。
「この、――馬鹿!!」
「へ?」
驚いて顔を上げると、息を切らしたレンが怒ったような顔をしていた。
「おまえ、轢かれるとこだったんだぞ!?」
「え……?」
言われて前を見ると、目の前の横断歩道は赤信号だった。
このまま走ってたら轢かれていたかもしれない。そう思うとゾッとして、レンの服をギュッと握り締めた。
「ほんと、お願いだから止めてくれよ。心臓止まる……」
安心したように息を吐くレンを見て、一旦止まった涙がまた溢れてくるのを感じた。
「……ごめんなさい……ッ」
「いいよ、無事だったんだし」
そう言いながら不器用に頭を撫でてくれるレンに、やっぱり涙が止まらなくなってしまった。
それでもレンは優しくて、落ち着くまでずっとそうしてくれていた。


「で、なんであそこにいたわけ?しかも泣いてるし」
「……後つけたの」
「は、なんで?」
レンは訳がわからないといった顔で聞いてくる。でも、今なら素直に話せる。そんな気がした。
「レン、バレンタインにチョコもらってないって言ったでしょ?でも私、レンがもらってると見ちゃったんだ。だから気になって……」
一旦口を開いてしまえば、言葉はスラスラと出てきて。レンは、それを黙って聞いていた。
「それに、さっきお返しみたいなの渡してたし。レンの言うこと信じたかったけど、嘘吐いてたのかもしれないって思ったら悲しくなって……」
だから泣いてしまったのだ、と説明する。
話している間に涙は止まったけど、気持ちがぶり返したのか、胸がまた痛んだ。
考えていたことを全部話して楽になったけど、レンがどんな反応をするかがわからなくて怖かった。
「ご、ごめんなさい……」
恐る恐る顔を見ると、突然、レンは脱力したように溜め息を吐いた。
「え?え、なに……?」
「なんか気が抜けた」
「レン――?」
へらりと笑うレンに、訳がわからなくて困惑してしまった。一体、なんなんだろう。
「あのな、リン。オレ、チョコもらってないよ?」
「え……」
サラリと告げられたレンの言葉に、一瞬思考が停止してしまった。もらってないのだったら、あれは一体何だったんだろう――。
「チョコ渡してって頼まれたんだよ、ミキ先輩に」
「頼まれた?」
「そ。さっきのも、お返し頼まれて渡しただけ」
人を間に入れんなよなー全く、と言いながら笑うレン。
「そー、なんだ……?」
「うん」
聞いてみれば、真実は拍子抜けするほど簡単なもので、なんだか気が抜けてしまった。
あんなに悩んだ私って、なんだったんだろう――。
段々阿呆らしくなってきて、なんだか笑ってしまった。レンもそれを見て笑い始めた。そうしてひとしきり二人で笑った後、レンが口を開く。
「なぁリン、もしかなくても妬いた?」
「……馬鹿」
そんなの、言わなくてもわかるでしょう?


それから二人でレンの家に行って、バレンタインのお返しをもらって晩御飯を一緒に食べた。
泣いた後だったから、カイ兄に物凄く心配されちゃったけど、なんとか笑って誤魔化した。
ミク姉は、私とレンの間にあったわだかまりがなくなったのに気付いたのか、嬉しそうに微笑んでいた。
そうして、残り少ないホワイトデーをレンの家で過ごしたのだった。








それから数日後の卒業式。
私は二年生だから、卒業生を送り出す方だ。式を終えてみんなが先輩との別れを惜しむ中、レンと二人で立っていると、後ろから肩を叩かれた。
「こんにちは」
振り向くと、そこにいたのはミキ先輩だった。
「ミキ先輩、卒業おめでとーございます」
「おめでとうございます。……この前はすみませんでした」
祝いの言葉と一緒に、謝って頭を下げる。話すのは初めてだから、なんだか凄く恥ずかしい。この前とんでもない所見せちゃったし。
「気にしないでよ。どっちかっていうとラブラブで羨ましいし」
こっちが悪いんだしね、と笑いながら言う先輩。
ラブラブという言葉に、私もレンもちょっと顔が赤くなった気がした。
「ほんとだよ。人を間に立たせんの止めろよな、ったく」
「ん?なんか言ったかなー?この口は」
「わぁ、すみませんってー!」
ミキ先輩が小さく呟いたレンの頬を抓って笑う。なんだかちょっと笑顔が怖いような気がするけど。でも、なんだか仲の良い先輩後輩って感じで思わず笑ってしまった。
ミキ先輩に他に好きな人がいるってわかったからかもしれないけど、なんだか心に余裕が出来たみたいだ。
「でも上手くいったんだから、もう巻き込むの止めてくださいよ?」
「わかってるわよ、どうせもう卒業だし」
やっと離してもらえたらしいレンは、頬を擦りながら話している。
そういえば、ミキ先輩の好きな人って一体誰なんだろう。レンの話だと上手くいったみたいだけど……。
「誰だか、気になる?」
「へ……?」
いきなり声をかけられて、ビックリした。そんなに顔に出ていたのだろうか。
「もう卒業だから、教えてあげる」
ミキ先輩はそう言うと笑って、耳元で囁くように教えてくれた。
「       」
「え……」
聞いた瞬間、思わず目を瞬かせてしまった。それは、うちの学校の生徒なら誰でも知っている名前だったから。
「じゃあ私、そろそろ行くねー」
ミキ先輩はそう言うと、驚く私とレンに笑いかけて行ってしまった。
その場に残されたのは、私とレンの二人。
「…………」
さっき教えてもらった名前が未だに信じられなくて、私は答えを求めるようにレンを見る。
聞き間違い、とか――?
レンはそんな私を見て一度肩を竦めると、私に答えをくれた。
「うちの担任」
――テル先生だよ!
うん、やっぱり聞き間違いじゃなかったみたいだ。
「なんか……すごいね」
先生と生徒だし。しかも上手くいったみたいだし。
「まぁ、本人が幸せならいいんじゃね?」
「……それはたしかに」
ミキ先輩はすごく嬉しそうだった。そんな先輩を見ていたからかもしれない。なんだか私も、幸せな気分になって、無性にレンに伝えたくなった。
だから、レンの腕を引いて、耳元で囁く。
「あのね、レン」
「ん?」
「私も今、すっごく幸せだよ」
レンの顔が、一気に赤く染まる。私もちょっと照れくさくて、少し赤くなった顔を隠すように笑った。
「――オレも」
 次の瞬間、聞こえた声に驚いてレンの方を見ると、照れたような顔が目に入った。
そうして幸せを噛みしめるように、どちらからともなく微笑みあった。



2010年に発行した合同本の小説を公開させて頂きました。
発行月が3月だったので、バレンタインとホワイトデーのお話。
読み返してみると、今の私が書いたらミキやテルが出てくることはないだろうなぁ…としみじみ。
とても懐かしいですww
でもこうやって思い返してみると割とこのお話…というか設定好きだったんだなぁと思いました。
色々拙いけど 笑
と、とりあえず楽しんで頂ければ幸いですw

Bitter*Sweet1